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ひらまさぴょんちゃん、羽生結弦様、宇野昌磨様 祝金銀

 投稿者:たっぴー  投稿日:2018年 2月19日(月)09時25分48秒
  美しい滑りに感激して、ぬくぬくとテレビで繰り返し見ました。冬季オリンピックの花形ですね。

昔話が続きますが、札幌五輪を思い出しました。私の勤務先の少し年上のやさしい女性に誘われて、
札幌のオリンピックを見に行きました。
会場で、北島先生のお名前の呼び出しが確かあったので、「あれ、北島先生がいらっしゃるのかな?」と
思って行ってみると、いらっしゃいました。
先生はスポーツ紙の記者として取材にいらしていたようです。先生のお蔭でスケート会場で氷のすぐそばの
特等席で先生と一緒にジャネット・リンの滑りを見ることができました。
ほかに何を見たかは全く思い出せません。
ホテルの部屋で、一緒に行った女性にお化粧の方法を教えてもらったことと、女性は婚約していました
が会社の同僚の男性を好きになってしまったので婚約を解消したいという話をしたこと(後に同僚と
結婚しました)、会場近くの屋台で買った焼きとうもろこしが不味くて食べられなかったこと、が辛うじて
記憶に残っています。
東京に戻ってから、スポニチ?だったと思いますが、北島先生の署名入りの記事を読みました。
 
 

ブリザード

 投稿者:クール子  投稿日:2018年 2月18日(日)05時45分7秒
  私の音痴は音楽だけでなく、他の分野もいろいろそうなのですが、
このブリザードの歌手のJim Reevesと言う人も知りませんでしたが、いい歌ですね。

特に一生懸命彼女か奥さんか知りませんが、会いに帰ろうと吹雪の中を馬を労わりながら、
頑張ってきて、もう一歩で倒れてしまうなんて。哀しいちょっとしんみりする歌ですね。
カントリーの歌にはこんなのが時々あるみたいですね。

最近は便利になってこういうことも少なくなりましたが、たまに車で山道とか、平原の中で、
吹雪で立ち往生して、連絡もつかず行き倒れになるなんてことは起こっているようです。

昔々といっても30年以上前ですが、一度アメリカからカナダに11月の終わりに
車で国境越えをして、出かけたことがありました。
約2時間ぐらいの距離の温泉地に行くはずだったのですが、夕方でたのですが
運悪く吹雪が始まって、のろのろ運転で6時間以上かかって、着いた時はもう夜中。
吹雪というのはこういうものなのかと、初体験。
なんせワイパーなんか役に立たずに雪で前が見えないみたいで、もちろん道もよくわからない。
行き倒れにならなくて、幸せでした。
 

昭和の終わりの頃のこと

 投稿者:クール子  投稿日:2018年 2月18日(日)05時23分34秒
  とタッピーさんの投稿にあったのを読んで、「大正の終わりの頃のことだったんだけど・・・」
なんて言葉が頭に浮かんできました。
私たちの小さい頃は我らの親たちの世代がそんな言い方をしていたこともあったなと。
それからン十年経ち、私たちもそんな言葉を使う歳になったのかとちょっと感慨無量
なんていうと大げさですが、昭和も遠くになってしまったのだとちょっと感傷的かな・・・。

タッピーさんの豪傑(?)ぶり、バイクで自転車ひっぱってなんて素晴らしい発想!に
思わず笑ってしまいましたが、その頃はまだそんなこともできる悠長な時代だったのかも知れませんね。
最近はあれもダメ、これも危険、それは違反・・・云々で、もうついていけない気分に時々なっています。

だから時々人里離れたところに引っ越して隠居したいなんて思ったりするのですが、
こう便利な生活に毒されているので、まあそんなところでの生活続かないと思い、
ファンタジーに浸って、あまり出歩くこともなくなってと、なんか年寄りみたいですが、
実際、そうなのか?!
 

違う梅ジャム?

 投稿者:布施院  投稿日:2018年 2月14日(水)18時43分9秒
  もしかして、僕の覚えている紙芝居やで買って食べた梅ジャムとはちがうのか? 駄菓子屋で梅ジャムとか買ったことないし、僕の知っている梅ジャムとは、紙芝居屋さんからしか買ったことは無いし、それは薄いウエハースのせんべいに塗ったものしか食べたことが無い。
駄菓子屋で箱や袋に入ったものを売ってい他のだろうか? それは知りませんでした。
 

忘れられない梅ジャムの味

 投稿者:布施院  投稿日:2018年 2月14日(水)15時23分11秒
  ネット情報のコピーです。懐かしいあの、紙芝居を見ながら、うすいウエハースせんべいにぬられた梅ジャムは最高の味でした。

                     記

生産終了の「梅ジャム」社長 譲渡申し出を断った理由
2/13(火) 11:00配信
 小さな袋を見落とさないように目を凝らして駄菓子屋やスーパーのお菓子売り場を駆けずり回っても、やっぱりない──。“梅ジャムロス”の味はどこまでも甘酸っぱかった……。
 1月25日、ロングセラー駄菓子の「元祖 梅ジャム」の生産終了の一報が流れると、街から商品が消えた。梅ジャムは梅肉を小麦粉や砂糖などと煮詰めて、透明な小袋に詰めた甘酸っぱい駄菓子。袋のままチューチューと吸った思い出がある人も多いだろう。
 梅ジャムへの未練が断ち切れない記者は、製造元である東京・荒川の「梅の花本舗」へと向かった。突然の訪問に、社長の高林博文さん(87才)は「取材が殺到して、今はもうお断りしてるんだけど…」とボヤきつつも、記者を作業場まで案内してくれた。機材を処分してガランとした場内で、「もう87才ですから…」とつぶやく高林さん。なんと梅ジャムは70年もの間、彼がたった1人で作っていたのだという。
「5年前から股関節が動かなくなって、人工関節を入れて、体をだましだまし続けていたけど、限界でした。少子化に加えて商店街が消えて売り場も少なくなったこともあり、去年の70周年で一区切りをつけることにしました」(高林さん、以下「」内同)
 高林さんが梅ジャム製造を始めたのは戦後すぐ。家計の足しになればと乾物屋で見つけた傷物の梅肉で梅ジャムを作り、紙芝居屋で子供に売ったのが始まり。紙芝居が衰退すると、今度は駄菓子屋で売られるようになり、子供の定番おやつの1つとなった。
 だが昭和から平成になり、少子化とともに駄菓子屋や商店街が消えた。ピーク時は年間3000万円だった売り上げが減っても黙々と生産を続けたが、いよいよ潮時だった。高林さんには2人の息子がいるが、子供たちには継がせなかった。
「ぼくの子供時代は空襲ばかりで勉強できなかったから、中学生の時から息子らには『お前たちは自分で自分の道を切り拓け』と言い聞かせていた。まぁ実際、梅ジャムじゃ稼げませんから(笑い)。1人だから70年続いたんです」

梅ジャムは昭和40年代に5円から10円に値上げして以降、子供たちが手軽に買えるような価格を貫き通した。決して儲かる商売ではなかったが、極めた「味」には誇りがある。
「何人もの投資家から『高林さんの味をなくしたくない。譲ってほしい』と頼まれましたが、私と同じ味を出すのは不可能です。コツはどうしたって教えようがないですから」
 70年続けた仕事から身を引く日、高林さんは梅ジャムを充填する機械に「長いことお疲れさまでした。ありがとう」と声をかけ、表面を日本酒で清めたという。
 最後に“梅ジャムファン”への感謝の言葉と思いを語ってくれた。
「自分としては何の悔いもありません。今も電話が毎日かかってきて、『子供の頃に食べていました』『なくなると知って食べたくなった』と言われます。お客さまには『ありがとう』の一言です」
※女性セブン2018年2月22日号
以上

 

バイク二人乗り+ロープ自転車引き!

 投稿者:布施院  投稿日:2018年 2月13日(火)15時51分18秒
  たっぴーさん、それすごく豪快! まぁ、それは、おまわりさんにつかまりますよね。 おしとやかと思っていたたっぴーさんの別の一面をのぞかせていただきました。

で、一方わたくしの、昨日から調子が悪かったバイク。 今日は、昼飯を食べに行こうと、そのバイクで元気に飛び出したのですが、事務所から1㎞ほどいったところでエンスト。 セルは回るけどエンジンがかからない。 結構、のぼりくだりの坂もある場所で、混雑する交差点のところなので、偉い迷惑。 で、このバイク、1200㏄の大型なので、相当重い。 押して歩くのにあせだくだく。 知り合いのバイク屋は2軒とも定休日。 お昼ご飯食べる前だし、力が出ない。 もっとも食べていたらもっとつらかったかも。 で、なんとか、そのうちの1軒のバイク屋に連絡がついて、店まで2㎞ほど押していって、預かってもらいました。 200㎏近くあるバイクは倒れたら、なかなか起こせない。坂道を上るのもつらいけど、下るのも怖い。 で、会社まで軽トラで送ってもらって、お昼の行き直し。 午後一時に約束していた来客にもあえずじまい。

バイクで走るのは楽しいけど、こんなハプニングも、まぁ、楽しい、かな。 日常をはずれたところに、「生きている」という動物的感動がある。 負け惜しみかなー?

 

バイクで豪邸見物

 投稿者:たっぴー  投稿日:2018年 2月13日(火)13時51分17秒
  昭和の終わり頃のことです。主人の大阪転勤で家族で東京から関西に移る時、知り合いの人が東灘区に空き家を持っていたので、その家を借りて住むことにしました。六甲山の麓で、お天気の良い日は二階から瀬戸内海と、淡路島か小豆島のどちらか忘れましたが、見えました。駅から家まで坂を上るし、買い物も駅の方まで行かなくてはならないので、荷物の多い時はタクシーやバイクを利用しました。主人がたまにバイクに乗ることがあったので、私も乗ってみたくて免許を持っていました。

隣町が有名な芦屋だったので、どんなんかな~と何回か見に行きました。
小学4年の娘を私のバイクに同乗させて、自転車に乗った小学6年の息子をバイクの後ろにロープで1~2m離して結んで、上り坂もあるのでバイクで引っ張りながらドライブしました。
子供たちが高級住宅街に興味があったかどうかわかりません。
交通量が少なかったのでかなり安全でしたが、ある日走っているとお巡りさんに呼び止められ注意されました。別の日に同じように走っていると、呼び止められて、「また、あなたですか」と再び同じお巡りさんに注意され、今度は罰金を払うことになりました。それっきり芦屋見物はおしまいになりました。
 

バイク散歩

 投稿者:川井 浩  投稿日:2018年 2月12日(月)21時02分20秒
  手賀沼の周りをバイクでお散歩。 今日は寒いわー。 手沼から、湖北の高台の住宅地を見上げると誰かさんの家がある場所だ。 西の空を眺めれば沈む夕日からの陽光が雲の割れ目から地上に降り注ぐ。 家に近づけば火事じゃないかとおもえるほどの真っ赤な夕焼けだ。

バイクのエンジン不調で、こんな田舎道で止まったらどうしようと不安になるが、なんとか帰宅。 Jim ReevesのBrizzardみたいなことにならずにすみました。
 

マリオネット ロック

 投稿者:川井 浩  投稿日:2018年 2月12日(月)20時53分35秒
  曲が楽しいせいもあるけど、面白いですね。

Puppet sing Lucille - Little Richard
https://www.youtube.com/watch?v=YVyUNSs3VJ4&list=RDYVyUNSs3VJ4&t=8

INCREDIBBLE MARIONNETTE playing a Lucille cover
https://www.youtube.com/watch?v=9NOsbvN9yW8&index=4&list=RDYVyUNSs3VJ4

De wonderlijke wereld van Alex en Barti
https://www.youtube.com/watch?v=S6cdm88Ilkk

Lets twist again marionette
https://www.youtube.com/watch?v=3h4bjrf0dI8&index=5&list=RDYVyUNSs3VJ4

 

ゲルニカ

 投稿者:布施院  投稿日:2018年 2月12日(月)09時42分32秒
  アコーディオンを通じて知り合った友人とNHK大河ドラマ「西郷どん」に登場する予定の19世紀末のアコーディオンについて情報交換をしているときに、たまたま、これまたアコーディオンを通じて知り合ったオランダ人の友人から19世紀末のアコーディオンに関する著作があると紹介されたのがこちら:
http://www.gorkahermosa.com/web/img/publicaciones/Hermosa%20-%20The%20accordion%20in%20the%2019th.%20century.pdf

この著者はスペインの有名なアコーディオン奏者であり、アコーディオン演奏の世界大会で優勝したこともある達人で、かつ、アコーディオンの歴史にも詳しい人物であると紹介されました。 Mr. Gorka Hermosaです。

で、彼のWeb Siteからいくつもある彼の演奏の中でその名前から興味を抱いた彼の演奏を聴いてみて衝撃に近い感動を受けました。 「ゲルニカ」です。

Gernika, 26/4/1937 (1994) by Gorka Hermosa
https://www.youtube.com/watch?v=3mTE476HD2

ゲルニカはスペイン、バスク地方の都市の名前ですが、パブロ・ピカソの同名の絵でも有名です。昔、スペインのマドリードのプラド美術館でこの大作を見たことがあり、その絵を思い出せば、あるいは、その背景をしれば、Gorka Hermosa氏の作曲による、この一見奇妙に聞こえるアコーディオン演奏が、まさに「ゲルニカ」なのだとわかると思います。

ピカソのゲルニカに関する詳しい情報は以下のWikipediaに詳しい。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B2%E3%83%AB%E3%83%8B%E3%82%AB_(%E7%B5%B5%E7%94%BB)

で、話題は戻って、その19世紀末のアコーディオンの原型をとどめているのが、アメリカ南部のNew OreleansあたりのCajunとかZydecoと言われる音楽に使用されている1列ボタンのアコーディオンなのです。

ハーモニカにふいご(蛇腹)をつけたようなものなので、難しい曲は弾けないけど、価格が安いのと、歌の伴奏や、欧米の民謡などを歌うには十分な機能を持っている、らしい。 どんなものなのか、興味が沸いたので、Internetで注文することにしました。 1-2週間で届くはずなので、それが楽しみです。
 

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