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■サヨナラ負け、最下位決定
ついに、この日がやってきてしまった。王貞治監督(68)が、50年に及ぶプロ野球人生に大きな区切りを迎える日だ。ラストゲームは延長12回サヨナラ負けで12年ぶりの最下位となったが、その勇姿を1分でも1秒でも長く見たいファンの思いに応えるように4時間7分の緊迫した戦いだった。通算868本塁打、巨人を率いてのリーグ優勝、そしてホークスでの14年間で3度のリーグ制覇に2度の日本一。数々の夢を、希望を与えた「世界の王」が静かにユニホームを脱いだ。
天も号泣した。延長12回で幕を閉じたラストゲーム。試合後のセレモニーで野村監督と斉藤から花束を受け取り、ファンに両手を上げた。監督通算2507試合目の悔しい黒星。赤く染まった大きな目に、悔しさと惜別の情が入り交じった。
「最後の試合? そんな気持ちは全然ない。それよりも、こんな試合に勝てなかったことの方が悔しい。勝負師としては最後を飾れず残念。その一言です」。試合後、「背番号89」はファンに頭を下げた。12年ぶりの最下位。まずプロとして結果を恥じた。
試合途中から振り出した涙雨にぬれて、杉内は奪三振王を獲得した。それでも勝てない。途中出場の川崎、代打小久保も快音を残せず、屈辱の12回ゼロ封負け。それでもベンチで若手に熱血指導を繰り返す姿を、選手もファンも心に焼き付けた。
半世紀に及んだ濃密なプロ人生。50年もユニホームに袖を通した理由はシンプルだ。「野球が好きだったからだよ。同じ試合や対戦は2度とないし、だからいつもドキドキできるんだ」。68歳の横顔には、今も少年のような笑みが広がる。
数多くの出会いが、現在の「王貞治」を作り上げた。「(東京の)人形町の人に早実を紹介された。巨人に入って、長嶋さんにも出会った。その時は、その他大勢の一人だったけどね」。甲子園のスターが巨人に入団した記憶をたどった。
傑出した才能は真っすぐに育った。「この世界に入る人は、みんな才能を持っている。僕は出会った人が、みんないい方向に導いてくれた」。当時の水原、川上両監督をはじめ、伝説の「一本足打法」を二人三脚で築いた荒川博コーチらへの感謝の念を忘れない。
小久保、斉藤、川崎に加え、マリナーズ城島も仙台に集結。一時代を築いた個性派集団は、指導者となった王監督に薫陶を受けた。「今度は僕がそうしないと。選手はうるさいだろうが、早く気付いた方が勝ち」。厳しく“いい方向”に導かれた教え子たちは、福岡の地に「常勝軍団」の大輪の花を開かせた。
宿舎で開かれた最後のミーティング。来季の秋山新体制を支える選手たちに語りかけた。「厳しくしかりもしたけれど、それはレベルの高い選手になってほしいから。プライドを高く持った選手になってほしい」。親子ほど年の離れた選手の心に言葉が染み込んだ。
試合前「僕に涙雨なんて似合いませんよ」と笑った。試合後も「最後の最後まで野球好きの僕にふさわしく12回もやれた。その点は良かった」と力を込めた。寂しさはある。それでも「野村さんに花束ももらったし満足な1日だった」と笑みを浮かべた。
王監督「今、一つの幕を引きますが、生きている限り、野球界をファンに愛されるようにしていきたい。米国との力の差も埋められる方向になるように、自分の力が役に立てばと思う」
試合後。グラウンドを去る「背番号89」には涙雨だけではなく、感謝の拍手が降り注いだ。現役通算868本塁打、そして監督通算2507試合のプロ人生。昭和と平成をつないだ一つの時代は幕を閉じたが、「王貞治」は新たな輝きを放ち始める。 (相島聡司)
=2008/10/08付 西日本スポーツ=
楽天・野村監督から花束を贈られる王監督
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20081008-00000024-nishins-spo
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